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浦和地方裁判所 平成5年(わ)547号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

第一  罪となるべき事実等

一  犯行に至る経緯等

1  被告人の身上経歴

被告人は、昭和一六年三月に埼玉県立川越中学校(旧制)を卒業して小学校の代用教員となり、兵役に従事した後、実家に戻って農業及び酪農を営み、同五七年五月酪農をやめて東洋梱包株式会社を設立し、同社代表取締役に就任して現在に至っているが、この間、昭和五〇年四月埼玉県議会議員に初当選し、以後、連続して五回当選し、平成五年三月当時、同議会内の会派の一つである自由民主党議員団(以下「自民党県議団」という。)に所属し、同議員団の副団長を勤めていた。

2  A1、B1、C、D、E1の経歴等

右五名は、いずれも、平成三年四月七日に行われた一般選挙で当選した埼玉県議会議員であり、同五年三月当時自民党県議団に所属していた者であるが、その経歴及び自民党県議団内における地位等は、次のとおりである。

(一) A1(大正一五年一月一一日生)

昭和四七年一一月の補欠選挙に当選して以来、連続六回当選し、昭和六二年五月から一年余りの間同議会議長(第八八代)を勤め、平成五年三月当時、自民党県議団の相談役であった。

(二) B1(大正一五年五月二三日生)

昭和四六年に初当選して以来五回当選(途中一回落選)し、平成元年三月から一年余りの間同議会副議長を勤め、平成五年三月当時、自民党県議団の総務会長であった。

(三) C(大正九年六月二七日生)

昭和四二年四月以降連続七回当選し、同議会副議長を経て、昭和五五年三月から約一年間同議会議長(第八一代)を勤めたほか、自民党県議団の幹事長、同副団長、同団長をも勤めていて、平成五年三月当時、同団の相談役であった。

(四) D(大正一四年六月二二日生)

昭和四六年四月に初当選して以来五回当選(途中一回落選)していた。

(五) E1(昭和一五年九月一七日生)

昭和五〇年四月以降連続五回当選し、平成元年三月から一年余りの間同議会議長(第九〇代)を勤めたほか、自民党県議団の幹事長をも勤めていて、平成五年二月当時、同団の団長であった。

3  埼玉県議会における議長選出の実情

(一) 地方自治法の規定によれば、地方議会の議長の任期は議員の任期によると定められていて四年であるが(一〇三条二項、九三条)、埼玉県議会においては、議長が一年間程度で交替する慣例となっていて、議員選挙のあった年は、右選挙後五月に開催される臨時会において臨時議長就任後に議長選挙が行われ、議員選挙のない年は、二月ないし六月に開催される定例会において、(原則として)その最終日に、議長から副議長への辞職願の提出、審議、辞職許可、議長辞職という経過を経て、議長選挙が行われていた。

(二) 同県議会では、いわゆる保守合同以来、自民党県議団所属の議員が議員定数の圧倒的多数を占めていたところ、同団において予め議長候補者を一本化したうえで本会議の議長選挙に臨む体制をとり、同団所属議員がほぼ一致して右議長候補者に投票していたことから、昭和三二年以降かかる経過で一本化された自民党県議団所属の議長候補者がそのまま同県議会議長に当選する実情にあった。そして、平成五年二月の定例会開始の時点の各会派別勢力分布は、議員定数九四人中、自民党六八人、公明党九人、社会党八人、共産党五人、無所属一人、欠員三人となっていたから、同年三月下旬ころに予定されていた同年度の議長選挙においても、自民党県議団が議長候補者を一人に絞れば、その者が同県議会議長に当選することがほぼ確実な状況であった。

(三) 自民党県議団における議長候補者選出の具体的過程をみると、昭和六三年以前は、当選の回数(期)、当選の連続性、年齢及び副議長経験の有無などを基準として候補者を一人に絞り込むという慣例が存し、右基準による候補資格者が複数の場合にも、その間の話合いなどによって、比較的スムースに候補者が決められていたが、平成元年に当時の候補資格者(四期以上)の中で年齢の一番若いE1が選出され、県議会でも同人が議長に当選したことから、前記慣例が崩れ始め、毎年のように議長候補資格者間の調整が問題となり、その中で平成二年以降継続して団長の地位にあって右調整等に大きな役割を果たすようになったE1の影響力が強くなっていった。すなわち、自民党県議団内における議長候補者の選出は、①役員会(団長、副団長、幹事長、総務会長らによって構成)及び団会議(同団所属の全議員によって構成)においてその年に同団から議長候補者として選出されるべき資格者の基準(枠)を決め、②基準に合致する候補資格者間での話合いで一本化を図るが、③話合いが付かない場合には、団長、議長経験者等によって調整して一本化し、④その結果を役員会に報告して、その了承を得たうえ、⑤団会議において候補者として正式決定するというのが大体の手順であったが、平成二年度以降は、右過程のうち、E1団長らによる調整が決定的な意味をもつようになっていたのである。

4  本件犯行に至る経緯

(一) 被告人は、昭和六三年に自民党県議団の議長候補資格者の枠が自己を含む四期の議員にまで拡げられたことなどから、自分も候補者になり議長に選出されることを希望し、同年度もその意思を表明したが、結局、同期で年長のF議員に議長候補者の地位を譲ることとなり(同議員が第八九代議長に選出)、翌平成元年三月には、同期のE1と競合したものの、同人から翌年度の議長には被告人を推薦する旨の「推薦書」を得たことから、これを信用して平成元年度の議長候補者を同人に譲ったところ、その後の平成二年ないし同四年度には、E1を中心とする調整等によって、G、H、及びIがそれぞれ議長候補者に選出され、そのまま議長に当選してしまった。

(二) 平成五年度の自民党県議団の候補者資格者の枠が前年度同様五期以上の議長未経験者になることは十分予測されていたところ、被告人は、前示のような平成元年以降の候補者選出状況、特に、隣の選挙区から選出されていて旧制川越中学校の後輩でもあったI議員にすら先を越されてしまったことに焦りを感じ、翌平成六年度に議長になれば、議長としての公務と、県議会議員の任期満了に伴う同議会議員選挙への立候補の準備が重なってしまい大変であることなども考えて、今回こそはどうしても議長になりたいと思ったが、かねて議長になるには一〇〇〇万円位かかるなどとの噂を聞いており、残された議長未経験者の中で五期の最年長者である自分が他の者に先を越されているのは、自民党県議団々長で実力者のE1に金員を贈らず、その支持を得られないためであろうと考え、この際、同人に現金を贈って議長になれるよう議長候補者の選出に尽力してもらえるよう依頼するとともに、議長候補者の選出に強い影響力を持っている長老議員らにも現金を贈って、その支持を取り付けようと決意するに至った。

(三) そこで、被告人は、同期の議長未経験者で議長候補資格者になることが予想されたB1及びD、議長経験者として調整の際に発言したり役員会で発言したりする権限を有するI及びA1らに対して各現金三〇万円、議長未経験者の中でも最長老のCに対して現金五〇万円、実力者で団長でもあるE1に対しては現金五〇〇万円を贈ることとし、まず、平成五年三月一〇日朝、埼玉縣信用金庫川越支店の自己名義の普通預金口座から現金二〇〇万円を払い戻したうえ、自宅内において、茶封筒三通に各現金三〇万円を、同一通に現金五〇万円を入れてそれぞれ封をし、これらを菓子店で購入した箱入り最中の入った紙袋の中に隠すようにして入れて準備し、次に、同年三月一四日、再び箱入りの最中を購入したうえ、翌一五日、前記埼玉縣信用金庫川越支店の自己名義の定期預金を解約して現金五〇〇万円の払戻を受け、この現金を茶封筒に入れて封をして最中と共に紙袋に入れるなどして準備した。

二  罪となるべき事実

被告人は、前記のとおり、平成五年三月下旬ころに予定されていた埼玉県議会議長選挙に当選したいと考え、

1  同月一〇日ころ、同県与野市大戸〈番地略〉A1方自宅において、前記のとおり、同県議会議員にして自民党県議団に所属し、同県議会議長を選挙する職務権限を有していたA1に対し、その妻A2を介して、右議長選挙に際し、自己を同議員団の議長候補者として選出のうえ、同議会において議長に当選できるよう自己に投票して欲しい旨の請託をし、その報酬として現金三〇万円の供与を申し込み、

2  同日ころ、同県大宮市宮原町〈番地略〉のB1方事務所において、前記のとおり、同県議会議員にして自民党県議団に所属し、同県議会議長を選挙する職務権限を有していたB1に対し、その妻B2を介して、前同様の請託をし、その報酬として現金三〇万円の供与を申し込み、

3  同月一一日ころ、同県浦和市高砂〈番地略〉埼玉県議会議事堂内自民党県議団第三控室において、前記のとおり、同県議会議員にして自民党県議団に所属し、同県議会議長を選挙する職務権限を有していたCに対し、前同様の請託をし、その報酬として現金五〇万円の供与を申し込み、

4  同日ころ、同県議会議事堂内図書室において、前記のとおり、同県議会議員にして自民党県議団に所属し、同県議会議長を選挙する職務権限を有していたDに対し、前同様の請託をし、その報酬として現金三〇万円の供与を申し込み、

5  同月一五日ころ、同県春日部市大字大畑〈番地略〉E1方自宅において、前記のとおり、同県議会議員にして自民党県議団に所属し、同県議会議長を選挙する職務権限を有していたE1に対し、その父E2を介して、右議長選挙の際は、自己を同議員団の議長候補者として選出のうえ、同議会において議長に当選できるよう自己に投票するとともに、同議員団所属の議員にも同様の行動をとるように働き掛けて欲しい旨の請託をし、その報酬として現金五〇〇万円の供与を申し込み、

もって、右A1ら五名の職務に関し賄賂の申込みをなしたものである。

第二  証拠の標目〈省略〉

第三  争点に対する判断

一  現金提供の趣旨等について

弁護人は、「被告人が、判示の日時・場所において、A1ら五名の議員に対して(直接又はその家族を介し)判示の金額の現金を提供したことに間違いはないが、被告人は、自己の自民党議員団内での地位・発言力を高め、次年度以降の議長選挙の際には自己に投票してもらうことなどを期待して右現金提供に及んだものに過ぎず、平成五年三月の議長選挙とは全く関係がない。同年度の自民党県議団の議長候補者としてE1議員らのグループに属するJが選出されることは、同年二月初旬の定例会の前から事実上決まっていたことであり(現実にも、議長候補者としてはJ議員が選出され、同年三月二三日の選挙でも同議員が議長に当選している。)、被告人自身もこれをよく知っていて、自己が同年度の議長候補者・議長になることをすっかり諦めていたのであるから、同年度の議長選挙に関して現金を提供する理由も、判示のような請託をする謂われもなく、現に、本件現金の提供の際にも、その返戻を受けた際にも、被告人は、議長選挙に関するものである旨の発言等を全くしていないのである。以上のことは、被告人が公判段階において明確に供述しているところであり、これに反する被告人の捜査段階の自白は任意性に疑いがあり、信用性もない。」旨主張する。

そこで、関係証拠を検討してみるに、平成五年度の自由民主党議長候補者がJ議員に決まり、その結果として、同年三月二三日に実施された議長選挙でも同議員が議長に当選していることは、弁護人指摘のとおりであるが、これはいわゆる結果論に過ぎず、被告人が本件現金の提供を決意して、これを実行した同月上旬ないし一五日の時点においては、同年度の自民党議長候補有資格者と目された五期以上の議長未経験者(六名程度)の間の話合い又はE1らの調整等によって、被告人が同党の議長候補者となることが十分に可能な状況であり、少なくとも被告人本人はそのように期待したものであって、だからこそ被告人は、自己が議長に選出されることへの協力依頼等の趣旨でA1ら四名に対し三〇万円又は五〇万円を提供しただけでなく、E1に対し五〇〇万円という多額の金員を提供したものと認められる。すなわち、

前掲の関係証拠によれば、①平成五年度の議長候補者選出については、同年三月一八日、自民党県議団の役員会及び県議団会議で同年の議長候補資格者が五期以上の議長未経験者の議員であること及び候補者の調整役は県議団の団長が行うことが決定されたが、当時の自民党県議団内の五期以上で議長未経験者の議員は、同団内の多数派であるいわゆるE1派に所属するJ(六期)及びK(五期)の両議員、非又は反E1派と目される被告人(五期)、B1(五期)、L(五期)及びD(五期)の各議員計六名であったこと、②そこで、団長のE1が議長候補有資格者の前記六名から意向を聞いたところ、全員が議長候補者に選出されることを希望したため、同月一九日から二二日までの間、議長候補希望者同士で話合いをするとともにE1団長による調整が行われ、その結果、同月一九日にはD議員が、同月二二日にはK議員が候補を辞退し、D議員は被告人を、K議員はJ議員を推薦したが、結局、四名の候補者が残ったままで一本化に至らず、同月二二日夜、E1団長が、議長経験者であるH、I、C及びA1、候補辞退者であるD及びKの各議員を集めて意見を聴取し、その中で多数の支持を得たものとしてJ議員を議長候補者に内定したうえ、役員会での了承を経て団会議で同議員を正式に議長候補者に選出したこと、③右J議員が翌二三日未明の本会議で第九四代埼玉県議会議長に当選したことが認められる。

右のとおり、事後的・客観的にみると、議長候補者に選出されたのはJ議員であり、その経過等に照らすと、議長候補者の決定に強大な影響力を有していたE1の意向がかなり早い段階からJ議員にあったのではないかとの推測も可能であるが、そのことは同年三月上旬ないし中旬の段階で必ずしも明らかではなく、しかも、J議員については、一〇年間自民党を出ていたことが議長候補者としてのハンディであると考えられていた(自民党県議団復団の際には当選回数として二回分のマイナスという申合せがあったものである。)ことから、同期の議長未経験者の中で最年長の被告人としては、議長候補資格者六名の中では反・非E1派とみられる者が四名を占めていて、この六名による話合いやE1らによる調整の段階で候補資格者の多数及びE1の支持を得ることができれば、自己が議長候補者となり議長に選出されることは十分に可能と判断する状況であったと認められ、被告人が同年度の議長になることを諦めていた状況とは到底解されず、諦めていたことを窺わせるに足りる事情も見当たらない(なお、被告人が、同年三月二二日午後五時過ぎころ、B1から候補を辞退しないかと問われた際、年齢のこともあるのでこの際は最後までやりたい旨述べていたことは、この段階でも、諦めていなかったことを裏付ける事情というべきである。)。

そして、被告人は、捜査段階において、平成五年度の議長になりたいと思い、事実上議長候補者の選出に関し強い発言権を持っている五期以上の議員の過半の支持を得る必要があるので、そのために金員を贈ろうと考えたこと、その相手方として、候補者を絞り込む過程で自己と対立する可能性の高いL及びJらを除外し、自己を支持してくれる可能性の高いB1、D、A1及びCのほか、E1及びIに金員を贈ることに決め、殊に、平成二年以降の議長候補者選出の経緯等からみて、人事について最も強い発言権を持っているE1の支持がどうしても必要と判断したので、同人に対してはA1らに贈る金額とは一桁違う大金を贈ることに決めたこと、預金を降ろし、菓子を買って、その紙袋の中に封筒に入れた現金を隠すなどして準備したうえで贈賄を実行したのであるが、Iについてはその機会を得ないうちに終わったこと、その後、被告人は、同年三月一六日にはA1、C、Dが一緒に、同月二二日にはB1が、それぞれ現金を返してきたので受け取ったが、E1からは、同日の最終調整段階まで「最後まで降りるな。」などと言われていたので、議長候補者になれる可能性が高いからE1がそのように言っているものと考え、五〇〇万円を出した効果があったと思っていたところ、結局、候補者はJ議員になってしまったこと、不明朗なことが多いので役員を辞めたいと考え、同月二五日B1らと話し合って、その旨をE1に伝えたところ、翌二六日にE1がやって来て「お役に立てないで」などと言いながら手土産と一緒に封筒に入った五〇〇万円の現金を置いていったので、黙って受け取ったことなど、現金提供の趣旨、その準備と提供の具体的状況、相手方の対応状況等について、実際に体験した者でなければ述べ得ないようなことを詳細かつ具体的に供述しているのであって、不自然・不合理な点や関係証拠との不整合などもなく、その任意性はもとより信用性も高いものと認められ、これを争う弁護人の主張には俄に賛成することができない(右自白が捜査官による脅迫・利益誘導等の違法な取調べあるいは限度を越えた理詰めの取調べの結果なされたものとは解されない。)。

しかも、相手方のうちE1を除く四名は、いずれも、公判廷に出頭し、証人として、被告人の公判段階での言い分(平成五年度の議長選挙と無関係のものである旨のもの)を念頭に置いて再考してみても、被告人がA1らに相当多額の現金を菓子の紙袋の中に隠して提供してきた趣旨としては、間近に迫っている議長選挙での投票及び議長候補者の選出に関する協力依頼以外にないと思う旨明確に供述しているのであって(四名の者の供述を信用できないものとすべき具体的事由は見当たらない。)、四名の者のほぼ一致した供述は、被告人の自白の信用性を高めるものということができる(なお、証人E1は、公判段階において、五〇〇万円という大金が提供された理由については、被告人から何も説明がなかったので、全くわからなかった旨、証人A1ら四名と異なる供述をしているが、これは同E1が自己の刑事裁判への影響等を考えたためと解され、到底信用できない)。

弁護人は、被告人が現金を提供した際にもA1らからその返戻を受けた際にも、議長選挙に関する協力依頼等の発言等を全くしていないから、請託の事実がないうえ、このように議長選挙に関する発言等がなかったという事実こそ、本件現金の提供が平成五年度の議長選挙等と無関係であったことの有力な証左である旨主張する。

しかし、言葉で明示しなくとも行動による請託が可能であり、本件においては、多額の現金を前示状況下において前示態様で提供したという被告人の行動自体によって議長選挙・候補者選出等に関する請託の事実が認められるのである。なるほど、関係証拠によれば、被告人は、A1らに対し現金提供の趣旨等について、これを提供した際にも返戻を受けた際にも、ほとんど何も説明していなかったことが認められるが、それは、被告人が、わざわざ言葉に出して説明しなくとも、A1らに理解してもらえると考えたためにほかならず、現に、A1らは、そのように理解したため、これを受領してはいけないと判断して、返戻したのである。前記のとおり、議長の選出、これに先立つ議長候補者の一本化直前という段階において、わざわざ菓子箱の入った紙袋に隠す形や県議会議事堂内の密室で多額の現金を提供するのであるから、これが議長選挙における投票等を依頼する趣旨のものと理解されるのは当然であって、仮に、被告人が、公判段階で供述するように、平成五年度の議長選挙と関係ないものとして提供する意思であったのであれば、むしろ、その場合にこそ、誤解されることのないようその点を明確に説明する必要があり(ベテラン議員である被告人がこのことに気付かなかったとは考えられない。)、被告人がかかる説明をしなかったこと自体が判示趣旨による供与の申込みであったことを裏付けるものというべきである。

弁護人は、被告人は、自己の自民党議員団内での地位・発言力を高め、次年度以降の議長選挙の際には自己に投票してもらうことなどを期待して右現金提供に及んだものに過ぎない旨主張し、被告人は、公判段階で、その旨供述しているが、その内容自体に曖昧な点が多いうえ、平成五年度の議長選挙の直前という最も誤解され易い時期に提供した理由、相手方としてA1ら五名を選択した理由、金額決定の根拠等について、ほとんど納得できる説明がなく、極めて不自然・不合理であって、弁解のための弁解に過ぎないことが看取され、到底措信できない。

更に、弁護人は、本件当時、埼玉県議会では、自民党県議団の議長候補者になれば必ず議長に選出される状況にあって、議長候補者に選出してもらいたい旨を依頼すれば、それで十分であったから、これに加えて議長選挙で自己に投票してもらいたい旨を依頼する必要はなく、それ故、「議長候補者に選出されたら、本会議で投票してほしい」と依頼する意思が発生する筈はない、と主張する。しかし、自民党県議団の議長候補者に選出してもらいたいと依頼する意思が密接不可分のものであることは明らかであって、弁護人の主張は独自の見解というべく、採用の限りでない。

その他、弁護人の指摘に鑑み、関係証拠を再検討しても、金員の趣旨・請託等の事実に関して合理的な疑いを差し挟む余地はなく、この点の証明は十分であると認められる。

二  職務権限等について

弁護人は、「自民党県議団内部の議長候補者選出行為は、同県議団の内部事項に過ぎず、県議会議員の職務たる議長選出のための投票行為と何ら関連するものではないから、議長候補者選出行為はA1議員らの『職務に関する行為』には当たらない。」旨主張する。

しかしながら、前示のとおり、自民党県議団は、県会議員によって構成される会派であって、自民党県議団の議長候補者が決まれば、議長選挙における同派所属議員の投票を拘束し、しかも、本件当時、埼玉県議会において圧倒的多数を占めていて、右候補者が議長に当選すること必至の状況にあったのであるから、かかる事実関係の下において、自民党県議団の議長候補者を選出する行為は、議員の本来の職務である議長の選出に密接な関係のある行為であり、贈収賄罪にいわゆる「職務行為」に該当するものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五八年(あ)第一九四号同六〇年六月一一日第一小法廷決定・刑集三九巻五号二一九頁参照)。

そして、A1ら五名は、いずれも自民党県議団所属の議員であるから、同人らが右議長候補者選出の権限を有することは明らかであって、選出の方法に関する内規が作成されておらず、その具体的手順に未確定の要素があったことをもって、A1らの選出権限を否定すべきいわれはないといわなければならない。

その他、弁護人の職務権限等に関する縷々の主張にはいずれも理由がなく、採るを得ない。

第四  法令の適用

被告人の判示各所為はいずれも刑法一九八条(一九七条一項後段)に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示罪となるべき事実5の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

第五  量刑の理由

本件は、埼玉県議会議員の要職にある被告人が、五名の同僚議員に対し、自己を自民党県議団の議長候補者として選出のうえ議長に当選できるよう自己に投票してもらいたいなどという趣旨の請託をなし、その報酬として合計六四〇万円の現金の供与を申し込んで賄賂の申込みをなした、という事案であって、相手方の数も多く、賄賂の金額も決して少ないとはいえない。金権政治の打破、中央・地方政界の浄化が強く叫ばれている昨今、県議会の議長職を現金で買うかのような本件各犯行が、県議会議員に対する県民の信頼ないし信用を著しく害する危険をはらんだものとして強く非難されるべきことは多言を要しないところであって(しかも、犯行の一部は県議会議事堂内において実行されているのである。)、その社会的影響は到底看過し難く、この種事犯の再発を防止するとの観点からも、被告人の刑事責任は厳しく追求されなければならず、相当期間の懲役実刑も十分に考えられる事案である。

しかしながら、他面、被告人は、平成元年以降、E1らの強引と思われる手法に抗することができないまま、自民党議員団の議長候補者に選出されて議長になる機会を逸し続けてきたものであり、このままでは平成五年度も議長になれないとの焦りなどの気持から、本件を企画・実行するに至ったものであるが、結果として、被告人は議長候補者に選出されず、議長になれなかったもので、提供された金員も返戻されていて、議長選挙等に不当な影響を与えることはなかったこと、議長候補者の選出等に関して現金が授受等されたのは、必ずしも、被告人による本件が初めてではなく、本件は、埼玉県議会に自民党議員団が圧倒的多数を占め、同党の候補者に選出されることが即議長になることを意味するという状況が長期間続いてきた中で生じた弊害の一端とも解されるのであって、そうであれば、単に被告人のみを厳しく責めるのはいささか酷と考えられること、被告人は、議員こそ辞職していないものの、その余の一切の役職を辞め、公的な行事への出席も遠慮するなど、それなりに反省の態度を示しているとみられることなど、被告人のために酌むべき事情もないわけではない。その他被告人の年齢、経歴、前科(業務上過失傷害罪による罰金一犯のみ)、家族関係等の諸点を併せ考慮した結果、被告人に対しては、今回に限り、法律の許す最長の期間、刑の執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官堀内信明 裁判官加登屋健治 裁判官國井恒志)

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